第3回光善寺様勉強会 江津コールセンター

2017年6月13日

 

光善寺住職 波北顕様

毎週火曜日と金曜日にコールセンター内で勉強会を行っていますが、
本日は光善寺住職波北顕様にご来社いただき、2か月に1回の講和を開催いたしました。
毎回住職による心にすとんと落ちるお話は、コールセンターでは毎回楽しみな時間になっています。

今回の講和も、はがき通信を読み解く事からスタートしました。

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住職から最初の問いかけに出てきたのが「皆さんの中で、雨が好きな人はいますか?」という言葉。
住職は、雨は人を自然と優しくするから好きだ、と仰っていました。

例えば、雨が降っていると普段掛けない優しい言葉を自然に人に掛けている。
「足元が悪い中、来て下さってありがとう」「どうか気を付けてお帰り下さいね」など
自然に相手を気遣う言葉が生まれます。

晴れの日、曇りの日では、そのような言葉は出てこず、普通の挨拶に留まる事が多い。
これは、私達は外的な要因によって、自分が自然と変えられているという事です。

また、【啐啄同時】(そったくどうじ)という言葉を教えていただきました。
この言葉は、卵の中の雛と、親鳥の関係を示しているそうです。

卵の殻から出てこようとする雛が、内側から口ばしで殻を突き、出てくる合図を送ると同時に、
親鳥が外側から雛鳥が出てきやすいように殻にひびを入れ、割れやすくしていく。

雛はまだ生まれてきてはないけれど、きちんと親の存在を分かっており、
親の手助けがある事で無事に生まれてきている。

人ではどうでしょうか。
何か嬉しい事があった時、何かを成した時、自分だけの力で「出来た」と思う事はありませんか。
ご縁を、環境を整えていくれている人は必ずいます。

親鳥のように雛鳥が殻を割りやすいようにしてくれた誰かがいます。
私は住職のお話を聴いている時、どうしても目の前にある、見えている事だけに
感謝をしたり、大事にしてしまっている自分に気付きました。

住職からは、自分たちの行動の中で見えない部分を大切にしていく事が必要である、と学びました。

雨の話でも、啐啄同時の話でも、自分が気付けていない部分への感謝の心である、
『お陰様』の考え方を教えていただきました。

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また、最後に【慈悲の心】の本来の意味についてもお話いただきました。
『慈』は、友愛という意味、『悲』は身を引き裂かれるほどの苦しみを意味しているそうです。
苦しみを伴い、相手に友愛の心を持って、行動したり言葉を出す事が、慈悲の心。

そして、慈悲とは、自分以外の誰かから受け取り・受け止めるものであり、自分で発するものではない事。
もし辛い事を言われても、そこには相手の慈悲の心が入っており、
それを受け止める事が大切である事を教えていただきました。

40分という短い時間での講和でしたが、住職の分かりやすい比喩や、実際の生活に例えたお話は
普段何気なく過ごしてしまっている私自身に振り返るチャンスを下さいました。
感謝の心とお陰様の心を忘れずに、これからも日々取り組んで参ります。

ダイヤルエステ事業部 福井由佳